ざし―――

 砂を絶つような音を残して、脚が灰となって風に散る。

 悲鳴は無い。

 あるのは、俺と運命に対する憎悪の雄叫びだけ―――

 

「どうして! どうして私が殺されなきゃいけないの!!」

「ごめん」

 

 逃げ惑う彼女に追いすがる。

 抵抗に伸ばされる爪は、一緒に来たアルクェイドに圧し折られた。

 

「謝らないでよ偽善者! 鬼! 悪魔! 人非人! 人でなし!」

「死徒風情がよく言うわ」

 

 その声は、俺の知る中でもっとも冷たい声だと思う。

 心が冷える。

 

「よせ」

「でも、こいつむかつくよ?」

「だから、よせ」

 

 彼女の言ってる事は間違いじゃない。

 ひょっとしたら、俺だって。そう、俺だって一歩間違えば、ああなっていたかも知れない。

 弓塚も―――俺の知らない何処かで灰になったのかもしれない。

 

 

 ――――ひとことで言ってしまえば。 

 彼女はただ、運が無かっただけだった。

 たまたま仕事で帰りが遅くなって。

 たまたま何時もと違う近道をして。

 たまたま―――目を付けられただけ。

 アイツは別に誰でも良かったんだ。

 ただ、血が欲しかっただけで。

 力が欲しかっただけで。

 俺と彼女を殺したかっただけで。

 たまたま犠牲になった。

 ―――笑っちまうよな。

 だから―――君に罪は無い。

 


「は―――なんて無様」

 


 背負わせてもらおう。

 もう死んでいるとか。

 生きていないとかじゃなく。

 君が生きていた時間を、俺は背負って行く事にする。

      アニキ
 馬鹿な義兄の―――せめてもの罪滅ぼしとして。

 

 

 

 

 

 

「さようなら、願わくば来世での幸福を―――」

 

 

 

 

 

 踏み込みは一足。

 力も、速度も要らない。

 達磨の様に手足を?がれた彼女、その眉間を貫いた。

 流石は殺人貴。

 殺すときも一瞬だね。

 心が腐って?げ堕ちそうだ―――

 

「志貴、気にしないほうが良いよ?」

「そうはいかないさ」

 

 眼鏡をかけて、金色の彼女を見る。

 ああ、きっと俺は今泣いているんだな―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                         「悪魔を憐れむ歌」
                      Presented by dora 2006 06 23

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 こつこつと窓が鳴る。

 胡乱な頭を振って、目を開く。途端に、死に易そうな世界に悲しくなる。

 事の発端は――――――何時もの様に、窓から彼女が尋ねてきたときだった。

 

「―――ね、志貴。ちょっといいかな?」

「なんだよ?」

 

 窓の鍵を開ける。ぎ、と小さく軋んだ其処から、彼女が滑り込んでくる。

 

「で、なに?」

 

 いい加減眠い目を擦りながら眼鏡をかける。

 否、そんな物は言い訳だ。

 月明かりに濡れる彼女は綺麗で、正直な所殺したかった。

 月が見える。

 遠く見える。

 彼女の肩越しに見えるソレは、真円を描いている。

 ―――満月か。ああ、頭が痛い。割れそうで死にそうだ。

 一番嫌いな夜。

 一番嫌いな時間。

 咳込んだだけで崩れ落ちそうな、罅だらけの世界。

 今夜程死に易い時間は無いと思う。

 月世界はこんなにも寒々しくて―――その中で彼女だけが確かだ。

 

「どうもね、ロアの死徒がまだ残っているみたいなの」

「な―――馬鹿な、全部始末したんじゃなかったのか!?」

 

 信じたくない話だ。

 それでも彼女がここに居るって事は、力の継承はなされなかったようだが。

 

「ううん、始末したのは死者だけよ。死徒が居るなんて思わなかったわ」

「そっか、迂闊だったな」

「まったくだわ、やんなっちゃう」

 

 しばらくの間、無言で壁を睨んでいた。

 彼女が此処に来た理由。

 俺に何をさせたいかは―――理解している。

 だってのに―――

 

「無理はしなくて良いからね」

 

 ―――そんな事を言う、こいつが嫌いだ。

 

「いいよ、大丈夫」

「ホントに?」

 

 そっと覗き込まれている。

 白皙の容貌は、間違いなく俺の身を案じていて―――

 

「大丈夫だ、アルクェイド」

 

 俺に出来る事はただひとつ。

 哀れなアニキの成れの果て。その罪を背負うことだけだから―――

 

 

 

 

 


「何処にいるかは、判っているのか?」

「うん、見つけてる」

 

 夜の道を走る。

 眼鏡の端から世界が覗く。

 ソレを意識すると頭が割れそうだ。

 

「こっちよ」

「公園?」

 

 其処は、思い出のある公園で。

 いくつもの血を吸った公園で。

 殺しと殺意と愛を確かめた公園で。

 ポケットの上からナイフを握り締める。

 

「―――志貴」

「ああ―――」

 

 見つけた。

 ああ、見つけた。

 長い髪のおん―――否、性別は関係ない。

 感傷は不要。

 あれが死徒ならば―――既に死んでいるならば、手加減する理由など無い。

 

「―――む」

「どうした?」

 

 唐突にアルクェイドが動きを止めた。見上げた空から降るのは―――剣?

 

「黒鍵―――シエルね」

「先輩も?」

 

 広場の四隅に、ギン、ギンと音を立ててソレが突き立つ。いったい何処に―――居た。

 街灯の上。其処に、いつかの夜の様に法衣を翻した彼女が立っている。

 

「な―――代行者!?」

 

 驚愕に女が叫んだ。

 そっか。

 代行者って単語を知るぐらいには、堕ちているんだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――簡単な結界ですが、貴女程度なら破ることは出来ません。

         此処からは逃がしません、審判の前に罪を告白し悔やみ祈りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 


「ふざけないでよ! 私がいったい何をしたって言うの!?」

「貴女は既に死んでいる。つまり存在が罪です」

「な―――私だって……私だって好きでこんな体になったわけじゃないのに……」

「祈りなさい、神の慈悲を」

 

 ―――彼女の罪って、いったいなんだろう。

 ひとことで言ってしまえば彼女はただ、運が無かっただけだった。

 たまたま仕事で帰りが遅くなって。

 それは罪じゃない。

 たまたま何時もと違う近道をして。

 ソレも罪じゃない。

 たまたま―――目を付けられただけ。

 それはアイツの罪で。

 アイツは別に誰でも良かったんだ。

 ただ、血が欲しかっただけで。

 力が欲しかっただけで。

 俺と彼女を殺したかっただけで。

 たまたま犠牲になった。

 ―――笑っちまうよな。

 だから―――彼女に罪は無い。

 

「遠野君の手を煩わせるまでもありません、私が貴女を裁きま―――」

「いいよ、先輩」

「―――え?」

 

 彼女に罪は無い。

 ひょっとしたら、俺がなっていたかも知れない境遇。

 だったら―――喩え何と罵られ様と、俺が罪を背負っていく。

 

「そうだな、アンタに罪は無い」

「だったら―――」

 

 上を向いたまま、そっと眼鏡を外す。

 開いた目には―――ツギハギノ宇宙。絶好調だ、今なら光すら殺せるかも知れない。

 

「だから、俺を恨んで良い」

「な―――」

 

 ばちり、と、柄から銀光が飛び出し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 「教えてやる―――俺がアンタの“死”だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一足。

 伸ばされた爪を落とす。そのまま三度振るう刃は右腕を塵に変えた。

 

「な―――」

「―――」

 

 掛ける言葉など無い。

 掛けられる言葉は無い。

 一足。

 低く這うように左手の爪をくぐる。爪先を彼女の踝に引っ掛けて足場を固定。伸び上がるように右足を殺す。

 

「何で……私がなにしたっていうのよ!? こんなになっても血を吸ったりしなかったって言うのにぃっ!!」

 

 ―――。

 凍りつけ。

 耳を貸すな。

 後悔は後ですれば良い。

 

「何でよ、何で殺されなきゃならないのよ!」

 

 ソレは違う。

 きっと、もっとずっと前にアンタは死んでいる。

 だから、正しくはようやくアンタは死ねる―――否。

 

「―――それもごまかし、か」

 

 善も悪も殺すことには無い。

 其処にあるのは絶対の無駄だ。

 人が生きてきた全てを、全部無駄に変える。

 人殺しって言うのは、そんな悪事なんだ。

 ざし―――

 砂を絶つような音を残して、残った脚が灰となって風に散る。

 悲鳴は無い。

 あるのは、俺と運命に対する憎悪の雄叫びだけ―――

 

「どうして! どうして私が殺されなきゃいけないの!!」

「ごめん」

 

 逃げ惑う彼女に追いすがる。

 抵抗に伸ばされる爪は、一緒に来たアルクェイドに圧し折られた。

 

「謝らないでよ偽善者! 鬼! 悪魔! 人非人! 人でなし!」

「死徒風情がよく言うわ」

 

 その声は、俺の知る中でもっとも冷たい声だと思う。

 心が冷える。

 

「よせ」

「でも、こいつむかつくよ?」

「だから、よせ」

 

 彼女の言ってる事は間違いじゃない。

 ひょっとしたら、俺だって。そう、俺だって一歩間違えば、ああなっていたかも知れない。

 弓塚も―――俺の知らない何処かで灰になったのかもしれない。

 

 

 

 

「は―――なんて無様」

 

 

 

 

 背負わせてもらおう。

 もう死んでいるとか。

 生きていないとかじゃなく。

 君が生きていた時間を、俺は背負って行く事にする。

     アニキ
 馬鹿な義兄の―――せめてもの罪滅ぼしとして。

 

 

 

 

 

 

「さようなら、願わくば来世での幸福を―――」

 

 

 

 

 

 踏み込みは一足。

 力も、速度も要らない。

 達磨の様に手足を?がれた彼女、その眉間を貫いた。手ごたえは―――無い。

 流石は殺人貴。

 殺すときも一瞬だね。

 心が腐って?げ堕ちそうだ―――

 

「志貴、気にしないほうが良いよ?」

「そうはいかないさ」

 

 眼鏡をかけて、金色の彼女を見る。

 ああ、きっと俺は今泣いているんだな―――

 

 風に吹かれた灰が舞い散る。

 ざらざらと崩れる彼女が呪いを残す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうね―――みんなきっと聞きたいの。

           泣きたくなるぐらい悲しい歌を―――」

 

 

 

 

 

 

 


 

 見上げる月から毒が滴り落ちる。

 眼鏡を外した俺なら、この世界だって殺してみせる。

 遠野志貴は殺人貴だ。

 戦えない。

 守れない。

 出来る事は終わりにする事だけ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ク―――――なんて無様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりを浴びて、悪魔を憐れむ歌を歌おう―――


 〜END〜

















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