ピンポーン、と、何処か間の抜けた音を立ててチャイムが鳴った。
 
 ベッドから体を起こし、ドアのほうへ向かう。覗き込んだドアミラーには誰も写っていない。
 
 相手をしないのもおかしいとメレムに言われていたので、ドアを開ける事にした。
 
「どちらさまで―――」
 

 
 最初に感じたのは、純粋な感心だったと思う。
 
 透き通るような青い瞳。其処に走る殺人衝動。
 
「え―――」
 
 ―――殺される。間違いなく殺されると思った。
 
 存在するようになってから初めて感じた感覚、それが恐怖だったと気が付いたのは殺され
た後だったと思う。
 
 まるで湖の様に青い目、狂った笑い顔。
 
 危ないと思ったときにはチェーンが断ち切られて、まるで蜘蛛の様にドアの内側に滑り込ま
れた。
 
 き、が、どしゅ、ざざざざざしゅざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。
 
 僅か一秒。それだけで彼は、扉から押し入って私一人を殺して解体する芸当をやってのけ
た。
 
 すばらしい手際だ。
 
 ざっくざく。
 
 反射的に声を上げ様と―――否、声が出る? それも違う、声なんかもう出ない。
 
 まず首が切断された。人間だったら即死だ、助かりようが無い。
 
 何故私を刻めるとか、どうやったのかとか。そんな事は考えられない。
 
 考える事など余計なぐらいびっくりした。
 
 銀の光は冷たく熱く私を刻む。初めての感覚、この身が断たれた事など過去に一度もなか
ったのに。
 
 彼は刺し、切り、通し、走らせ、ざっくざっくに切断し、完膚なきまでに私を「殺した」
 
 まるでキリトリセン。無駄のなさに寒気がする―――出血の寒気だけではあるまい。
 
 首に続いて後頭部、右目から唇まで、右腕上腕、左腕下部、右手薬指、左腕肘、左手親
指、中指、左乳房、肋骨静脈より心臓まで、胃部より腹部までの同二箇所、左足股、左足
腿、左足脛、左足指その全て。 奔りこむように、流れ込むように。すれ違いざまに―――そ
れこそ1秒の時間さえかけず、真実、瞬く間に、ことごとく、私を十七個の肉片に『解体』した。
 
 何て鮮やか。
 
 何て規格外の怪物。
 
 これが殺人鬼の業なのか。
 
 ついてない―――まさか、こんな極東でこんな怪物に出会うなんて―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「殺し愛への前奏曲」
Presented by dora 2006 09 02
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――これが最後だと理解していた。
 
「ぎ―――つ、ぁ」
 
 もう追えない。
 
 焼け付くような渇きが癒せない。
 
 転生と覚醒を感じてこの地へと降り立った。私では彼を殺せないと知りながら。
 
 ドアの閉まる音が聞こえた気がする。
 
 足音は憶えた。
 
 匂いも。
 
 声も。
 
 体温すらも記憶した。
 
「は―――づ、く」
 
 思考がまとまらない。
 
 記憶と、感情と、衝動と。
 
 それから、もう一つの衝動。
 
「なん、で―――?」
 
 治らない。
 
 分断された体が繋がらない、まるで切断面がすでに私ではなくなっている様。
 
「こ、の―――」
 
 視界は真っ赤だ。自分の流した物と、生まれて初めて知る激痛とで真っ赤。
 
 熱くて熱くてたまらない。まるであの時のよう、私を最初に壊した彼が―――杯に満たした
ソレ。
 
 痛みが治まらない。正気を失いそうになるが、痛みがソレを許さない。意識を失うことさえも
許さない責め苦。
 
 拷問だ、こんな目に合わされるような悪い事を私はしただろうか?
 
「は、は、は」
 
 ―――仕方が無い。
 
 どこか冷静さを残した頭で切断面を分解、その周囲の部位ごと再構成して保存。それを
――――繰り返す事二十二回。
 
 数時間かかった作業が終る。どうにか私は、血溜まりの中で気だるい息を吐けた。
 
 寒い。
 
 なくした力が大きすぎる。
 
 最悪だわ、またロアから遠ざかる。空想具現化も、この体では使えない。
 
 これが最後だと思っていたのに、まさかこんな所で頓挫するなんて。
 
「―――く」
 
 喉が引きつる。
 
 それは、笑い声なのか泣き声なのか。
 
 震える喉を抱いて、私はしばらくその場で震え続けた。
 
 そう―――今思えば、あれは恐怖を感じていたのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「殺してあげる」
 
 殺そう。
 
 あの少年を殺そう。
 
 見つけ次第殺そう。
 
 完全に息の根が止まるまで―――否、私と同じように肉片に変えてやろう。
 
 一度この身に刻んだ以上、二度とあの神秘は私を害さない。
 
 方法は知らない、理解できなかったことを知る必要も無い。纏った血を、床に撒かれた血を
集めて収納する。ざっとシャワーを浴びた、新しい服を身につけ、刻まれた服をゴミ箱に投げ
つける。
 
 さあ出かけよう。
 
「―――殺してあげる。誰も見た事が無いぐらい残酷な殺し方をしてあげるわ」
 
 パンプスに脚を通す。チェーンの切られた扉をくぐり、外へ―――
 
 痕跡を見つけた、私をつけてきたときの臭い。
 
 青臭くて、刺激的。性欲に似たアドレナリン。息を荒げてつけてきたのか。
 
 正直―――エロチックだと思う。彼は私に何を見たのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 学校と呼ばれる建物の傍、交差点のガードレールに腰を下ろした。
 
 あれは学生服と呼ばれる衣装だった、恐らくはあの建物に通っているのだろう。朝になれば
やってくるのか、それとも寝床に乗り込んで殺そうか。
 
「んー……待と」
 
 速く来なさい、殺してあげるから。
 
 どうやって殺そうか。
 
 ただ殺すだけじゃ詰まらない、せめて理由を聞いてからにしようか。
 
 ―――ああ、そっか。どうやって私を殺したのかも聞かなきゃ。
 
 ごう、と、目の前を横切ったそれに、髪が乱された。む、と唸りながら、いつの間にか地面を
見つめていた視線を上げる。
 
「……そっか、夜でも車って走ってるんだ」
 
 知ってはいたが見た事はなかった気がする。
 
 否。
 
 見た事はあったが、気にした事はなかった。流し目で車を追う、いまだ暗い道を、数台の車
が走り抜ける。ソレを見ながらぼんやりと考えた。
 
 何を考えていたのか。私を殺すときに。
 
 あんなに嬉しそうに殺したくせに、何故あんなに狼狽したのか。
 
 きれいな目と、きれいな肌だった。ほんと、ぞくぞくする。
 
 殺すときの純粋さにしてみれば、息する事さえ余計な混じり物。
 
 何を考えて―――それとも衝動的に私を殺したのか。
 
 見事な腕、今までに見た事も無いような手際。私を殺すなんて、いったいどうやったの?
 
 ああ、あのナイフが一級の概念武装なのかも。
 
 気になるな。
 
 ソレにしたって動きの見事さは飛びぬけていた。シエルだってあそこまで出来るかどうか。
 
 滝が落ちる様、頭の方から崩れ落ちるような殺し方だと思う。流れる水の様に、上から下へ
刻まれた。
 
 血が出たのだって、床にばらされてからだったし。
 
 気になるな。
 
 可愛い顔。
 
 普段は落ち着いた声なのだろう、動転した声は耳障りだったけど。
 
 名前はなんていうのかな。
 
 気になるな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ふと、顔を上げた。
 
 一人二人と、彼と同じ服を着た少年少女が歩いてくる。
 
 一様にこちらを見て、驚きの声を上げる。
 
 微笑んで手を振った。
 
 歓声が耳障りだと思わなかった。
 
 無駄な事なのに。
 
 ―――早くきて、殺人鬼の君。
 
 今はとにかく、あって話してみたい。そうして―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「私を殺した責任、取ってもらうんだから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 殺す事の出来ない永遠を止める事の出来る刹那。
 
 出会ったナイフと姫。
 
 始まりの鐘がなる、舞台の幕が上がる。
 
 
 〜END〜









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