「妹、勘違いしないでね?」

「ぐ、く―――!」

 ぎりぎりと食い込む指。

 吊り下げられた体。

 相手の顔は見えない。

 ただ―――赤い髪が私を包み込んでいる。

 熱くて冷たいそれは―――ただ鬱陶しいだけで。

「ねえ、私が妹を殺さない理由はね、志貴が嫌がるから。それだけよ」

「―――兄さんは……渡しません!」

「それは志貴が決めることだわ」

 腕を少し揺らしただけで、彼女の衣服は翻る。たけの短い上着から、白い肌が覗く。

 血管さえ透ける白さ。

 其処を、血が出ない程度に引っかいた。

「―――!? 何を!」

「なんでもないわ」

 がりがりと妹の指が私の指をかきむしる。

 無駄な足掻きを。

 そんな事で痛いと思うほど、夜の私は弱くない。

「ねえ妹、貴女の中身はどんな色?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        「猫と野良猫の狂想曲」
                      Presented by dora 2006 07 17

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志貴が教えてくれたわ。無駄な事って楽しいんだって」

 私の首の向きでは、彼女がどんな顔をしているかわからない。

 ただ、その声は。

 生まれてから一度も聞いた事が無いぐらい、楽しげに笑っていた。

「何が……言いたいの?」

 かろうじて気道から指を逸らす。

 そうして、見えない角度を必死に見る。

「食べないのに殺すの。それってスッゴイ無駄よね」

 ―――ぞぞ、と、血の気の引く音。

 間違いなく、相手は本気だ。

「―――!?」

「―――怖い?」

「っ―――誰が!!」

「そっか。―――じゃあ、見てみよっか、妹の中身」

「誰が―――やらせるも、のか―――!!」

 脚に当たる感触を蹴り飛ばす。

 どうにか―――どうにか逃れなければ―――!

「兄さんを……貴女なんかに渡さない!」

 

 

 

 


「渡さない? 志貴はとっくに私の物なのに?」

 

 

 

 


 ―――。

 今。

 今こいつはなんと言った?

「知ってる? 知らないかな? 志貴の血はとってもあったかいんだよ」

「え―――」

「甘くてね、とろとろしてて、今にも死にそうな味」

「な―――」

「志貴だったらなれるかと思ったんだけどね」

「いや―――」

 

 

 

 


「死んじゃったの。志貴ったら、死人にもなれなかった」

 

 

 

 

「――――兄さん」

「あははははは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 世界を気狂いじみた笑い声が席巻する。

 私は何もかも失った事を知って。

 地面に放り出された。

「あ」

 のろのろと顔を上げる。

 そうして初めて―――

「何で―――」

 ―――彼女が泣いている事を知った。

「何で貴女が泣くのよ?」

 不思議とか、それ以前に怒りが沸いた。

 殺したのは貴女だろう?

 兄さんを殺したのは貴女だろう?

 それなのに―――

「なんで貴女が泣くのよ!?」

「知らない! 私だってわからない!」

 ―――ただ。と、彼女は押し殺した声で。

「もう駄目なの、私は志貴に殺された。私は壊れちゃった。志貴が好きで欲しくて殺して愛して欲しいもう放さないとか抱かれる

だけで幸せだとか―――とにかく彼が憎くて仕方が無い。あんなに目障り。こんなに欲しくて絶対に手に入れちゃいけない果実?
 やってられないわ。私は彼を殺して一人に戻る」

 ―――でも、それでは。

「でも駄目、やっぱり駄目。殺してから知ったわ。志貴がいない世界なんて息が詰まりそう。ええそう、彼と居た時のような息苦

しさじゃない。死にそうよ。でも死なない。だから―――」

 それは、気が付くことなく腐って落ちた愛情の果実。

 届くことなく消えた、天国への階段。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「みんな消すわ。街も人も―――彼の記憶が残る全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 させない。

 そんな事はさせない。

「貴女が――――は」

 お腹に潜り込む鈍い熱さ。

「ぎ、は―――ぐ」

 引き裂きながらかき回す、焼け付いた何か……何?

「何だ」

「は―――い、たい」

 詰まらなそうな目で、詰まらなそうな声で。

 

 

「中身は皆おんなじね。良かったわね、妹。貴女、志貴とおんなじ色してるわ」

 

 

 びきびきと体が裂ける。

 お腹から、二つに開かれる。

 熱くて冷たい泥に沈みながら―――私は兄さんとおんなじ場所を嬉しく思ってしまった。

 ほんと末期的。

 す、くいようが、ない―――

 〜END〜








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