それから結局、俺は授業のほうに身が入らなかった。

 町で起こっている連続バラバラ殺人。

 犯人は一体誰だ?

 また、アルクェイドを狙った死徒の仕業か?

 いや、そう決めつけるのはまだ早い。

 先輩もアルクェイドもいない今だからこそ冷静になるんだ。

 冷静に、頭を冷やせ――――

 もしただの異常者の犯行なら、警察に任せてもいいんじゃないか?

――――ダメだ! むざむざ三人も殺されている警察なんて当てにできない!

 クソ! 女ばかり狙うなんて。

 さっきからこの繰り返し。思考はまるで滑車を回すハムスターのように、同じところをグルグルと回り続けていた。

 

 どうする どうする どうする

 どうする どうする どうする

 どうする どうする どうする

 動くのか、遠野 志貴――!

 

「先〜輩!!」

「うわぁ!」

 

 過熱した思考に無理やり水をぶっ掛けられて、思わずイスからこけそうになった。

 大きく跳ねた心臓が、大音量で鳴り続ける。

 

「どうしちゃったんですか? 先輩。そんなに怖い顔して。あ、そんなことより、早くお昼ご飯にしましょうよ」

「あ、ちょ、ちょっと! 牧瀬さん!」

 

 俺の言葉なんて聞こえていないのか、女生徒は無邪気な笑顔を浮かべながら、こっちの腕が引きちぎれんばかりの力で強引に引っ張っていく。

 連れて来られたのは学校の食堂。

 そうか、全然気付かなかったけど、学校はいつの間にか昼休みになっていたみたいだ。 

 いくら悩もうが、そんなものに関係なくお腹はすく。

幸い席にはまだ空きがあったので、俺はとりあえず軽いきつねうどんを買って適当な席に腰掛けた。

 すると、先に来ていたらしい万年食堂組の有彦が俺の隣に座った。

 

「へへへ、ケツに敷かれてるね〜」

 

 なんとも気色の悪い笑みを浮かべる裏切り者に、俺は軽い頭痛を覚えた。

 

「あのな、お前が俺を置いて行かなかったら、こんな事にはならなかったぞ」

「いんや、それはないね。あの子なら『遠野先輩〜♪』とか言って絶対追いかけてきてるよ」

 

 想像してみる。

 

「―――う、確かに」

 

 彼女はどうしてか知らないけど俺に懐いているらしく、昼休みになるとこうして俺を食堂まで引っ張って一緒に昼食を摂ろうとするのだ。

 

「まぁ、お前に惚れる女は全員一癖あるからな〜」

 

 人生を知り尽くした老人のようにしみじみと呟く有彦。 

 

「それは褒めてるのか、けなしてるのかどっちだよ」

「あはは、そりゃ―――」

「あー!」

 

 有彦の声は、その一癖ある少女の大声にかき消された。

牧瀬さんはグリーンサラダが載ったトレイを持って、パタパタと危なっかしい足取りで俺の前の席に座ると、敵意たっぷりの眼差しを有彦にぶつけた。

 

「ちょっと、なんで乾先輩が、遠野先輩の隣に座ってるんですか」

 

 一瞬キョトンとする有彦だったが、すぐさまニンマリと、実に精神衛生上よろしくない笑みを貼り付けた。

 

「なんでって、そりゃあ照美ちゃんが遠野の隣に座ると思ったからだよ」

「それなら向かい側に座ったらいいじゃないですか! そもそも乾先輩は二人の空間に必要ないんですよ!」

 

 ぐるる、と唸る牧瀬さんに、有彦が、俺も遠野を愛してるからな、と油を注ぐ。

 いつも二人はこんな感じだ。

 彼女の名前は、牧瀬(まきせ) (てる)()

 ツインテールの髪にヘアピンで前髪を横に流している。

体は折れそうなぐらい華奢で、それに合わせてなのか身長も俺の肩ぐらいしかない。その顔立ちもまだ幼く、下手をすれば小学生にすら見えてしまいそうなほどだった。

 

「どうしたんですか? 食べないんですか?」

 

 純度百パーセントの満面の笑みを向ける牧瀬さん。

 

「――食べるけ……」

「どうぞ!」

 

 いや、どうぞって言われても、そんなにジッと見られたら食べにくくて仕方ない。

 とりあえず、出来るだけ意識しないようにしつつ、きつねうどんをすすり始めた。

 そして牧瀬さんはというと、

 

「……うふふふ。……ふふふ」

 

サラダを一口食べる→俺を笑顔で見つめる→サラダを一口食べる→俺を笑顔で見つめる。

 

ひたすらこれの繰り返し。

 有彦に関しては、最初っからいなかったという設定にしたらしい。

 なんだかんだいって、牧瀬さん自体に悪気は無いし、この無邪気な雰囲気も相まって、なかなか止めろとも言いにくい。

 

「ちょっといいですか? 遠野先輩に少し聞きたいことがあるんですけど」

「どうしたの?」

「あのですね。遠野先輩さっきものすごく怖い顔してたじゃないですか。何考えてたのかなーとか思ったんですよ」

「あー、あれね」

 言って良いもんか、一瞬迷う。

「最近、美咲町で事件が起こってるだろ? それについて考えてたんだよ」

「――そう言えば、そんな事件もありましたよね」

 

 と、そこで彼女はなぜか、琥珀さんばりの不穏な笑みを浮かべた。

 俺は反射的に身構えてしまう。

 

「実はー、わたしー、身内にー、警察官がいてー、事件のことー、ちょとだけー、知ってるっていうかー、……聞きますぅ?」

 

 女子高生みたいな喋り方はともかくとして、今は少しでも事件のことを知りたいのは確かだった。

 

「た、頼むよ」

「はい! それでは説明しますね」

 

 ニパッと笑ってイスを近づける牧瀬さん。

 

「現在起こっている事件は三件。いずれも被害者は女性。身体の一部が欠損している事はニュースで知ってますよね」

 

 静かに頷く。

 

 牧瀬さんが話した事件の概要はこうだ。

 

 一人目の被害者は島津 直子さん。二十七歳。

 遺体発見現場は住宅街の路地裏で、死亡推定時刻は午前2時20分。

 死因は喉を二回切られたことによる出血多量。

 目撃者は無し。

 

 二人目の被害者は佐藤 茜さん。三十二歳。

 遺体発見現場は繁華街のワンルームマンションで、死亡推定時刻は午前6時ちょうど。

 死因はこちらも喉の動脈を切られたことによる出血多量。

 繁華街にあるマンションだが、目撃者は無い。

 

 三人目の被害者は上原 葉子さん。二十三歳。

 遺体発見現場は住宅街のアパートで、死亡推定時刻は午前3時。

 死因はこれも喉を裂かれたことによる出血多量なのだが、こちらは裂かれた首が胴から離れそうになっていたらしい。

 しかも、今回犯人は、死んだ被害者の下腹を切り裂き、内臓を引きずり出して捨てていくという異常な行動にでた。

 もちろん理由は不明。

 しかし、被害者宅に押し入った形跡があることから、目撃者もいるんではないかと期待されたが、アパート自体の立地が悪いため、あまり入居者がいなかったらしい。

 当然、目撃者は無し。

 警察は三件目から、行きずりの線も視野にいれて捜査するらしいが、正直なところ、そんなことはどうでもいい。

この三つの事件が同一犯だという時点で、行きずりだろうが強盗殺人だろうが意味はなくなってしまっているからだ。

 

 これだけでも犯人がおかしいのは十分に理解できるが、この事件の犯人はさらに常軌を逸していた。
 なんと被害者の性器に手をつけているのだ。

 手をつけたのは一件目と三件目。

 一件目は陰部から腹にかけて二回切り裂き。

 三件目にいたっては膀胱と子宮を持ち去っている。

 

―――――聞いていて反吐が出そうだった。

 

 そして、牧瀬さんは最後にこう締めくくった。

 

「これは過去にあったある連続猟奇殺人事件に状況が酷似しています。だから、警察は今回の犯人の呼称に、その事件の犯人の通り名をあてがっています。―――ずばりその名も」

 

 





Jack The Ripper

 

 

 

 

 

「ごめん、俺ちょっと用事思い出した」

 

 そう言って食堂を出ていった遠野の背中を見送りながら溜息を吐いた。

 

「乾先輩。わたし、遠野先輩の気に障るようなこと言っちゃいましたか?」

 

 なんて不安げな顔をする牧瀬の頭を、俺は少し乱暴に撫でてやった。

 

「バカ、気にするこっちゃねーよ。アイツはいつもあんな感じだ」

「……乾先輩は心配じゃないんですか?」

 

 こちらを見上げる牧瀬の視線に、俺はあさっての方向を見ながら、どうでもよさげに答えた。

 

「今まで大丈夫だったんだし、今回も大丈夫なんじゃないの?」

 

 そうだろ? 遠野。

 

 

 

 

 

 /

 

 いてもたってもいられなくなった俺は、学校を途中で放り出して遠野の屋敷に戻り、秋葉に連絡を取って事の次第を説明した。

 秋葉もどうやらその事件のことは気にしていたらしく、
最初は俺が夜の見回りをすることに反対していたが、どうせ言っても聞かないのだろうと諦めたのか、やがて、

 

「無理だけはしないでくださね」

 

 と、心配げに電話口から送り出してくれた秋葉に心の中で謝って、俺は夜の見回りを始めた。

それから九時間ほど捜しまわっただろうか。

 少し疲れた俺は、公園の広場にあるベンチで休憩していた。

 ふと辺りを見渡すと、家に帰る者、これから仕事に行く者、遊びに行く者。

 それぞれが、それぞれの表情を持って思い思いの方向へ散っていく。

 しかし、今の俺の捜しモノは、目的地は向かえば見つかるというものでもない。どちらかといえば見つけ出すといったほうが正しかった。

 

「―――クソ!」

 

 握り締めた缶コーヒーの缶が、鈍い音を立ててひしゃげた。

 抑えきれない苛立ちが発露する。

 こうしている間にも誰かが犠牲になっているかもしれない。

 なのに自分に出来る事はこうして当ても無く歩くことだけ。

 それがもどかしくて、悔しくて。

 

「――――弓塚さん」

 

 彼女の最後を思い出していた。

 

 殺す事でしか救えなかった自分。

 あの時はそれが最善だと信じた。

 いや、信じたかった。

 でも、今、思えばいくらでもやりようはあったんじゃないか?

 自分がただ見逃していただけで、他にも彼女を救える方法があったんじゃないのか?

 俺はただ、目の前にぶら下がった「殺す」という安易なやりかたに跳び付いただけじゃないのか? 

 何度も何度も、飽き果てるまで自問した。

 

 しかし、答えは出ない。


 答えで持っているであろう少女は俺が殺した。 

 そうして残ったのは烙印のみ。

 

 弓塚、さん(・・・・)

 

 それは彼女を救えなかった俺が背負うべき烙印だった。

 

 誰かが言う。

 

 過ぎたことは仕方がない。また、次を考えよう。

 

 本当にそうだろうか?

 弓塚さんを殺した事を、ただ過ぎたことと片付けていいのだろうか。

 でも、次には進まなければならない。

 人生はスゴロクの様に、自分の手でサイコロを振ることはできない。

 誰かがサイコロを振り、自分達は容赦なく進まされる。

 望む望まないにかかわらず。

 ならば俺達に出来る事は、その進んだ先で同じことを繰り返さない事じゃないのか?

 そして俺にはその力もある。

 なら、今やるべきことは一つだけだ。

 

「歩こう。今はそれしか出来ないんだから」

 

 ベンチから立ち上がり、傍の時計を見上げる。

 十時十五分。

 

 脳裏に蘇ったのは昼休み。

 太陽のように笑う、牧瀬 照美の笑顔。

 

 彼女のような、普通に日常を謳歌する人達のためにも、自分の出来る最大のことを、全力でやるだけだ。

 そうして一歩を踏み出した。

 守るために。 


 遠野 志貴は夜の闇へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掲示板        戻る       第二話

_____________________________________

 

 

このたびは、陽月譚月姫 第一話「弓塚 さつき」をお読みいただきましてありがとうございます。

作品はどうでしたか? 気に入っていただけましたでしょうか?

 

ここではご挨拶を兼ねて適当になにか喋りたいと思います。

 

まず、アルクェイドと先輩ですが、他作品に出演中のため、今回のお話には出てきません。

 

以下の文は、歌月十夜を未プレイの方はネタバレになります。

 

「歌月十夜」をプレイした方ならお気づきかもしれませんが、歌月の最後に弓塚 さつきが生きているような描写がありますが、どうしましょう? 生き返らせて良いもんでしょうか。

今回のお話には出てきませんが、今後、出しても良いなら出せるのですが、その際の読者の反応が……。

「さっちん見てーッ!」とか「さっちんの雄姿をーッ!」

「いやいや、死んでるからこその魅力だよ」

 

賛成反対どちらでも構いませんので、掲示板に書き込んでください。

出来れば理由付きのほうが心を動かされます。

 

と、まぁ、とりあえずここらへんで。

それでは、陽月譚月姫 第二話「牧瀬 照美」もよろしくお願いします。

皆さん本当にありがとうございました。