「フン、フフン♪ ルッルルー♪」

 

 今日も遠野先輩とたくさん喋っちゃったよ〜。

 やっぱりグランチャTVの占いって当たるんだ。

 なんせ今日の私の運勢は最高なんだから。

 

「なんだか機嫌良いね。照美」

「うん? そうかなぁ〜、えへへ」

 

 美奈代ちゃんバレちゃうほど顔に出てるみたいだ。

 でも、しょうがない。堪えきれないんだもん。

 

「あ〜、分かった。照美ったらまた遠野先輩のこと考えてたんでしょ? もう、照美ったら最近、遠野先輩、遠野先輩って。あの人そんなにカッコいい?」

「うん!」

 

 私は笑顔で即答した。

 遠野先輩は格好良い。それは100%の自信を持って言える。

 それに優しいし、よく気がつくし、

 

 あれは絶対私の運命の人に違いない!

 

 私はそう確信している。

 すると美奈代ちゃんはそんな私の自信に呆れたのか、苦笑しながら、

 

「でもさ、遠野先輩っていつも乾先輩といるじゃない? あの人ってなんだか怖そうだし、良い噂もあんまり……」

「そんなことないよ。だって―――あの人バカだもん」

 

 これも間違いない。

 いつもいつも私と遠野先輩の邪魔ばかりするし、文句言うたびに子供みたいに笑って、意地悪して、

 

 本っ当に、バカで良い(・・・)(・・)だ。

 

「それじゃあ、私はこっちだから、……照美。もう時間も遅いんだから、ここからまた遊びに行っちゃ駄目だよ」

「もう、私そんなに子供じゃないよ!」

 

 そう言い返すと、美奈代ちゃんは笑いながら、

 

「じゃあね〜」

 

手を振って走っていった。

 私も手を振り返す。

 

「バイバ〜イ」

 

 そうして、美奈代ちゃんが見えなくなるまで手を振ると、私は少し早歩きで帰路に着いた。

 

 その途中、パチンコ屋の前を差し掛かったときだった。

 

 眩しいほど輝く看板の下に、一人の男の人がうずくまっていた。

 思わず足が止まる。

 周りを見たけど私以外誰もいない。

 

 助けたほうが良いんだろうか……。

 

 悩む私の脳裏にある妙案が思い浮かんだ。

 

―――――そうだ! この人を助けて、その事を言ったら、遠野先輩は私を褒めてくれるだろうか。いや、間違いなく褒めてくれる。

 

 ちらっと近くにあった外灯型の時計を見上げる。

 

 時間は十時ちょうど。まだ時間はある。大丈夫だ。

ちょっと……怖いけど。

何を言ってるんだ。勇気を振り絞れ! 牧瀬 照美! この人を助けて遠野先輩に褒めてもらうんだろ!

 

決意を固めて男の人に近づく。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 私の声に気が付いたのか、男の人がのっそりと顔を上げる。

 ネオンに照らされたその人の顔は蒼白で、今にも倒れそうだった。

 

「どうします? 救急車呼びましょうか?」

「いや、……大…丈夫。少し気分が、はぁ、悪いだけ、はぁはぁ、だから」

 

 息も切れ切れに言葉を吐くその人は目に見えて衰弱しており、私はどうしたらいいのか判断に迷った。

それでもまず、落ち着けそうな場所を探す。

と、

 

「すまない。それな、はぁはぁ、パチンコ屋の…横の路地、はぁ、裏で構わないよ。頼め…るかな?」

 

 ずいぶん奇妙なお願いだったけど、このまま道に置いておくわけにも行かないし、なにより医療経験の無い私には適切な処置なんて出来ない。

 

「わかりました。肩に掴まってください」

 

とりあえず男の人の希望を優先して、私は彼を路地裏に連れて行った。

 やっぱり体格差もあって少し時間がかかったが、路地裏の奥まったところにある、ビルの非常階段にその人を座らせた。

 

「それじゃあ、私は帰りますけど、本当に大丈夫ですか?」

「あぁ、助かったよ。それにちょっとお腹が減ってただけだから」

 

 お腹が減ってて、あんな顔が蒼白になるほど気分が悪くなるんだろうか?

 

 私は不思議に思いつつも、踵を返した。

 携帯で時間を確認する。

 十時十五分。

 

 早く帰らないと、時間もいい頃だし。

 

 そう思って歩くスピードを速めたその時だった。

 

「――――あれ?」

 

 唐突に視線が水平に落ちていく。

 同時に微かな浮遊感。

 まるで背が縮んだみたいだ。

 手から離れた携帯が宙を舞い、やがて何か硬いものが顔に当たった。

 

 痛い。―――なにこれ? 地面?

 

 私はなぜか地面に顔をついていた。

 

なんで寝ちゃってるんだろう。

 

 立ち上がろうと力を込める。

 しかし、身体は起き上がることが出来ない。

 

 なんで? 早く帰らなきゃ。

 明日も学校があるのに。

 

 力を入れる。何度も、何度も、愚鈍に繰り返し――――そして気付いた。

 

 あはは、なぁんだ。身体、……無くなっちゃってる。

 

 そう分かった途端、急速に意識が溶けていった。

 

 出口が遠いなぁ。

 

 もはや夢とも現実とも取れないほどボヤけた視線の先では、町の(まばゆ)い光がまるで自分の帰りを待っているようだった。

 

 お父さん。お母さん。

 

 徐々にまぶたが重くなり、身体の力も自然と抜けて、

 

もう少し…ら、帰る…らね。

 

意識が途絶えようかという間際、視界の端に、転がった携帯の待ち受け画面が映った。

 

 

 遠野……輩。

 

 

 携帯の中で、彼は少し戸惑ったような、優しい微笑を浮かべていた。

 

 

 ねぇ、遠…先輩。私、人を助けた……すよ。褒め…く…ます…ね。

 

 

 明日食堂で言ったら、先輩はどんな顔をするだろう。

 褒めてくれるだろうか。

 

 

 明…日、ま…一…緒……に、

 

 

 絶対に迎えに行きますから。待っていて下さいね。

 

「遠野……先輩」

 最後の一呼吸。擦れる息で呟く。

 

―――――大好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――本当に、助かったよ。イヒイヒャフヘヒャヒャヒャ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽月譚月姫

第二話

「牧瀬 照美」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見回りの次の日。

 教室に入ると、すでに有彦が来ていた。

 自分の席に向かいながら有彦に声をかける。

 

「おはよう有彦」

「……………」

 

 有彦からの返事は返ってこない。

 

 あれ? 聞こえてないのか?

 

「有彦!」

「―――え、……あぁ、遠野か」

 

 ったく、と溜息を吐く。

 

「どうしたんだよ。有彦」

「――――え? お前……」

 

 一瞬、驚いた表情をした後、なにやら真剣な顔つきでこちらを睨む有彦。

 

「な、なんだよ」

 

 しかし、有彦はすぐに視線を逸らした。

 

「―――いや、なんでもない」

「なんだよ。気持ち悪いな」

「本当になんでもないんだ。気にすんな」

 

 なんていうかいつもの有彦らしくないというか、どういうのが有彦らしいかと訊かれたら困るんだけど。

 しいて言えば、今日はいまひとつ元気がない。

 俺は怪訝に思いつつも、とりあえず自分の席に腰掛けた。

 昨日は結局、特にこれといった異常は見つからず、日が変わると同時に断念して家に戻った。

 だけど、諦めたわけじゃない。

この後、学校が終わればすぐにでも見回りに出かけるつもりだ。 

 

 もう少し範囲を広げたほうが良いのか、それとも範囲はそのままで、重点的に回ったほうが良いのか、どっちがいいんだろう。

 

 考え事に没頭していたせいで、気付かなかった。

 有彦がジッとこちらを見つめている事に。

 

 

 

 

 

 そして、その時は訪れる。

 

 

 

 

 

 昼休み。

 

「今日は牧瀬さん来なかったな」

 

 食堂に向かって歩きながら呟く。

 いつもならいつ教室を抜けてきているんだと思えるほど、チャイムが鳴った瞬間、こっちの教室にやってくる彼女が、今日は姿を現さなかった。

 

 まぁ、彼女にも一年同士の付き合いというのがあるんだろうな。

 

「そう……だな」

 

 有彦は朝からずっとこの調子で、とりあえず食堂で昼飯でも食いながら話を聞いてやろうと思っている。

 その途中、一年の教室に差し掛かったとき、廊下の真ん中で泣いている下級生の女の子が目に入った。

 女の子はもう一人の女性徒の胸の中で、嗚咽をあげている。

 

「おい、遠野。ちょっと道変えようぜ」

 

 有彦が俺の肩を掴む。

 

「なに言ってるんだよ。それにお前も知っているだろ? あの子」

 

 俺は有彦の手を振り払って二人に近づく。

その泣いている女生徒に見覚えがあった。

 牧瀬さんとよく一緒にいた、確か名前は、

 

「おい! 遠野!」

 

有彦は一体何を慌ててるんだ?

 

「どうしたの? 美奈代ちゃん」

 

 声をかけた次の瞬間、俺に向けられたのは彼女の泣き顔ではなく、絶望と憎悪の篭った怒りの表情だった。

 

「どうしたの……ですって? そんなことよく言えますね! 先輩!」

 

 瞳に涙を溜めて、喉を枯らせた少女の慟哭に俺は言葉を失う。

 

「ちょっと待て! 遠野はまだ何も―――」

 

 有彦が駆け寄る。

 

「―――照美が死んだっていうのにっ!」

 

 俺の中の何かが、確かに止まった。

 

「―――、え?」

 

 

 

 

 

 走った。ただ走った。

 彼女が死んでいるはずないと、確かめるために。

 住所は有彦が簡単に教えてくれた。

 

「悪ぃ。遠野」

 

 と、悲痛な表情で。

 起こったことの全てを。

 

 

 

―――――ありえない。牧瀬さんが? ありえない! だって、昨日はあんなに笑って、

 

 

 

 

 

 

 先輩!

 

お昼ご飯にしましょうよ

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 足を止める。

 目の前の家の表札を確認して、インターホンも鳴らさずに入る。

 今はそんな小さな余分すら邪魔だった。

 

 

 そんなはずないんだ。

 今日は多分、風邪かなんかで、

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 靴は脱ぎ捨てる。

 丁寧に脱いでいる場合じゃない。

 そして一番初めに目に付いた部屋の障子を引いた。

 

 

 きっとこの先には、突然来た俺にキョトンとしてる牧瀬さんの姿があって、でもすぐにいつもみたいに笑って、

 

 

 

  

 

 

 

  聞きますぅ?

 

 それでは説明しますね

 

 

 

 

 

 

 重く息苦しい空気。

 

静かに泣き崩れる親族。

 

 微かな線香の臭いが鼻腔をくすぐる。

 

 祭壇に奉げられた花々は、黒と白の幕に不釣合いなほど色彩豊か。

 

 一体誰のお気に入りなのか、他の供物品とは別で特別に置かれた古いカメラとノートも、持ち主の不在を悲しんでいるように見えた。

 

静謐が部屋を満たし、どんな物も自己主張を控える中、正面にある長方形型の木製の箱だけは、ただそこにあるだけで、圧迫感を感じるほどの雰囲気を放っていた。

 

大人一人が楽々入ってしまいそうな大きさ、静かで、しかし異様な存在感を持ち、一つの事実を突きつけ続けるそれはどうしようもほど、

 

 違う。

 違う。

 

 死者を納める棺桶に見えた。

 

 違うっ!

 

 そしてその棺の上、何よりも目立つ場所にポツンと、まるで母親とはぐれた子供のように、

 

 やめろ。

 止めてくれ!

 それ以上――――、

 

―――――無邪気に笑う少女の遺影があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

遠野先輩!

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは間違いなく、

 牧瀬 照美がこの世にいない証だった。

 

 

 







後編    戻る