放課後。

 社が本屋に用事があるとかで、特に用事の無い俺と政彦、ついでに水越も付き合うことになった。

 自動ドアが開いて本屋に入るなり、各自が思い思いの方向へと散っていく。

 この何気ない行動。これは瀬那組というグループ、ひいては俺達の関係をとてもよく象徴していると言えた。

 瀬那組というのは名前の通り、元々は社が一人で始めた人助け組織だ。

 そこに政彦が加わり、後に水越、最後に転校してきた俺が加わった。

 俺が入ったのは勧誘されたから、政彦は困っている人を助けたいから、水越は面白そうだから。

入った理由は様々だが、一つハッキリしているのは、二人とも自分から入ったということ。

 俺みたいに誘われたからじゃなく、自分の意思で。

水越は未だに入ってないって言い張るけど、周りから見れば入ったも同然らしい。正直、俺もそう思う。

 つまり社と政彦。そして水越も、自分に利があるから瀬那組に入った。創った。

 この本屋もそう。

 政彦と水越は偶然にも暇だったから、社に付き合った。

 もし他に用事があれば当然の如くそっちを優先するし、社も特に責めはしない。

“自分に得があるから、相手のために自分を削る”“楽しいから一緒にいる”なのだ。

 詩織に聞いた『友達』とはずいぶん違うけど、こんな個性的なヤツらだ。そういう枠には当てはまらないのかもしれない。

 俺は、初めて来た本屋よりも、そんなユニークなヤツらがどんな本を読んでいるのかということの方に興味が湧き、三人を捜し始めた。

 最初に見つけたのは、ここに来ようと言い出した社。

 社は漫画コーナーで、電撃○王とかいう月刊誌を立ち読みしていた。どうやら彼は毎月ここで読んでいるようだが、一人でニヤニヤと笑っている姿は不気味の一言に尽きる。

あれじゃ他の人があそこに近寄りにくくて仕方ないだろう。

次に発見したのは、手前の本棚のせいで、ひょっこりと頭を出すような形になっているが、あの特長的なクリーム色の髪は間違いなく、水越しかいない。

水越も同じく女性雑誌コーナーで、ファッション誌を立ち読みしている……のは良いのだが、なぜファッション誌を読んでいるだけで、あんなに顔がニヤけているんだろう。

社といい、水越といい、店側からしたら他の客も気持ち悪がって寄り付かないは、かといってアイツらは本を買うわけじゃないはと、迷惑なことこの上ないな。

それにこの二人は基本的に似ている。

もちろんバカで、という意味でだけど。

最後に残ったのは政彦だが、漫画コーナーにも雑誌コーナーにも居ないとなると、後はシラミ潰しに捜すしかない。

 

「どこだ?……あ、いた」

 

 それから少し時間をかけて捜し回ると、政彦を発見した。

 そして声をかけようと――――、

 

「お〜い、まさひ、――――うわぁ!」

 

 政彦に近づこうとした瞬間、どこからか生えた魔手に襟首を掴まれて、そのまま本棚の影に引っ張り込まれた。

 一瞬、このまま地獄まで引きづられるのかと思ったが、乱れた息を整えて、後ろを振り向くと、さっきのバカ面はどこへやら、誘拐犯と被害者の家族との電話を逆探知している刑事のような緊迫した顔つきで、立ち読みツインズが並んでいた。

 

「バカ! バレちゃうでしょうが!」

 

 その片割れが、勝気そうな瞳でこちらを睨みつける。

 

「…………」

 

 水越はものすごく真剣な表情なんだけど、俺は何故こうも嫌な予感を覚えるんだろう。

 本能が警鐘を鳴らしているとでもいうのか。

 肩を落とし、半眼で水越を見据える。 

 

「バレちゃうでしょうがって、なに? 政彦を見張ってんの?」

 

 だが、答えたのは水越ではなく、本棚を盾に政彦を観察している関西人だった。

 

「違うわ。非常事態に対する、戦略的偵察や」

「……ようは覗き見じゃん」

 

 刑罰に引っ掛かるぞ。

 

「あー、もう! そんなんはどうでもいいから、こっから政彦の持ってる本見てみ! 見つからんようにやぞ」

 

 怪訝に思いつつも、社に言われた通り、本棚から身体を半分だけ出して、政彦の持っている本を見た。

 

「……あれって、おかしいのか?」

「おかしいに決まってんでしょッ!!――――ハッ!?」

 

 大声を張り上げた水越は慌てて口を押さえる。

 チラッと横目で、政彦が気付いていないのを確認すると、声を潜めて話し始めた。

 

「あのね、『子供のあやし方100条』なんて、普通の高校生は見ないわよ」

「いや、でもさ、政彦が子供好きなだけかもしれないじゃないか」

「アホか。そんなわけないやろ。あれは多分……」

 

 と、無駄に溜める社。そして俺の目を真剣にジッと見つめる。

 それでもやっぱり水越と同じで、緊張感はひと欠片とて感じられなかった。

 

「――――隠し子や」

「…………は?」

 

 あまりにも斜め上をいく解答に、今度は俺が変な間を空けてしまった。

 

 えらく真面目な顔で何を言い出すかと思えば。

 

「そうよ。出会いは片田舎の散歩道――――」

 

 なんか水越がトリップしたので中略。

 

「ってことを、私達にも言えなくて、日々を悶々のグツグツのドロドロのまま過ごしていたに違いないわ!! これは友達、いや、仲間として見逃せない!」

 

 鼻息荒く、拳を握り締める水越。

 

「何が見逃せないの?」

 

 あ、政彦。いつの間に。

 

「え? うわぁああぁぁ!!」

 

 天を揺るがす魔獣の悲鳴に、頭上の蛍光灯が明滅し、天井からホコリが舞い落ちてきた。

 

 コイツ等、ホントに何やってんだろう?

 

 

 

 

 

「へ? 子供?」

 

 と、オレンジ色の帰り道を歩きながら、政彦は素っ頓狂な声を上げた。そして、

 

「――――は、あははは。あはははははは!」

 

 大爆笑。

 

「「…………」」

 

 俺はそれほど長い付き合いじゃないが、政彦といえば、頼りなく笑ったり苦笑したりするイメージがあって、新たな一面を見れたといえば見れたんだけど……。

 

 なんで俺は、見てはいけないものを見たような、切ない気持ちになってるんだ。

 

 一年の頃から政彦を知っている社と水越でさえ、驚きのあまり、ポカンと口を開けたまま固まってしまっていた。

 でも、政彦の反応も分からないではない。友達がこそこそと本棚の影から自分を覗いて、しかも理由が隠し子だなんて言われたら、笑わずにはいられないだろう。

 その政彦はというと、笑いを噛み殺しながら、それでもまだ醒めやらぬといった感じで、目尻の涙を拭った。

 

「いやぁ、ごめんごめん。あの本を見てたのは、今、ウチに従姉の姉さんが子供を連れて来ていて、僕が時々面倒を見てるんだ」

「それで必要やった、と」

 

 期待ハズレやと言わんばかりに、頭の後ろで手を組んで、溜息を吐く社に、政彦は苦笑を浮かべた。

 

「そう。子供って意外に難しくて、どうして泣いているのか、何を訴えているのか。子育ての経験が無い僕にはイマイチ分からなくてね」

「ふ〜ん。そんなもんなのか?」

 

 子供は一般成人とは違って、精神的にも言語的にも未熟だから、意思疎通能力が低いんだろう。

 どうやらそれを補うために、政彦はああして勉強していたようだ。

 

「まぁ、洵一も子供と接する機会があれば分かると思うよ」

 

 子供…か。

 

「俺に、――出来ると思うか?」

 

 自信が無かった。

 子供の面倒が見られるかだけじゃなく、この世界、ひいては自分自身に確信が持てなかった。

 

 話している言葉は? 

感じている風は?

 歩いている地面は? 

見上げている空は? 

耳に届く笑い声は?

そして、――――お前らは?

 

ただ幸せで。

十字架を背負う俺になんて許されるはずの無い幸福ばかりで、――――不安だった。

本当の時間はあの桜の樹の下で止まっていて、これは自分の願望が描いた夢なんじゃないか。

この抱えきれないほどの幸せは、一瞬の光が見せる幻じゃないかと。

 

――――だから……。

 

「――――洵一にならできるよ」

 

政彦は、夕陽に溶け込むような柔らかな笑顔で、不安を打ち消してくれた。

 

「そうやそうや。瀬那組ともあろう者が、ガキの面倒一つ見れんでどないすんねん」

「でもぉ、私は社には無理だと思うなー」

「はぁ? なんやと、こぉの(えぐ)乳女(ちちおんな)がッ!」

「だ、だぁれが抉れ乳女よ! このエセ関西人! アンタは朝昼晩とたこ焼きばっか食っとけばいいのよ!」

「あ、今、関西バカにしよったな?! それに俺は生粋の関西人や! エセはお前のその胸とちゃうんか!」

「キーーー! また胸小さいって言ったー! アンタだってね――」

 

 また始まったお馴染みの言い合いに、政彦は苦笑を浮かべながら仲裁に入る。

舞台の向こうでは、死に逝く運命を辿る真円の観客が、最後の命を灰に還すように燃え上がり、空というキャンバスを、三つの日常を紅の煉獄へと引きずり込もうとしていた。

 それは憧れか。

 はたまた紅く燃ゆる太陽のせいか。

 

――――俺の右目には、

 (せき)(じつ)浮かぶ三人(いち)(まい)光景(のえ)が、少し眩しかった。

 

 

 

 

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