教室に三人がいないことを確認して、制服のポケットから携帯電話を取り出した。

 そして百数件登録されているメモリから、一人の女の子の番号を読み出して、通話ボタンをプッシュした。

 ツ、ツ、ツ、と呼び出し音に繋がるまでのもどかしい一瞬の時間を、窓の外の景色を眺めることでやり過ごそうかと思ったが、生憎、窓には数え切れないほどの雨粒が、ある種模様のように付着していて、その先はよく見えなかった。

 そんな少し残念な気分も、鳴り始めた呼び出し音がすぐにかき消してくれる。

 だが、今度は意中の相手が出ない。何か手の離せない用事でもあるんだろうか。

 また待たされることになって、思わず鼻から空気が抜けた。

 仕方なく、もう一度周囲を見渡す。

 教室には彼の他に数人の生徒が、まだ残っていた。

 いつも下校時間ギリギリまでお喋りに興じる常連。突然降り出した雨が緩むまで、その常連組に加わる者。折り畳み傘を常備していた女生徒に、一緒に帰ろうと必死に頼み込む男子。

 みな三者三様で、この持て余した時間を過ごしているようだ。

 少年、瀬那 社は三人がいないことを更に再確認。

 

 ま、用心に越したことはないからな。

 

 三人一緒はともかく、偶然一人だけでも戻ってくる可能性がないとは言い切れない。

 

 出来るだけ早く終わらせたいねんけどな。

 

 彼の思いとは裏腹に、相手は出ない。それにこれから女の子に告げる用件を考えたら、どうも手短に終わりそうもなかった。

 と、ここでようやく呼び出し音が途切れ、待ちに待った相手の声を聞くことができた。

 

「あ、もしもし、良恵ちゃん? オレ、オレ。……詐欺ちゃうで」

 

 もちろん着信時に、相手のディスプレイには瀬那 社の名前が出ている。

 冗談をまじえながら、待たされた事はおくびにも出さない。

 これこそ瀬那 社の自動発動型宝具紳士(アイアム・)(ジェン)嗜み(トルマン)

 女には極上の優しさを。男には極上の(みぎ)(こぶし)を。とは瀬那 社の座右の銘である。

 

「実はな、今度の休みやねんけどな。……うん。

楽しみにしてんのにホンマ悪いねんけど。ちょっと別の用事が入ってもうてな。

――――ちょっと、そんなに怒らんとってぇや。絶対埋め合わせはするから。な?

 うん、それじゃ。……あーもう、声がまだ怒ってる。ホンマごめんやって。マジでごめん!」

 

 ホンマにごめんやで。と言って向こうが電話を切るのを待つ。

 これも女の子と付き合うときのマナー。

 電源ボタンを押して、重い溜息と共に携帯をしまう。

 

 こりゃあ、またアカンな。

 

 意気消沈という言葉程度じゃおさまらないほどヘコみながら、教室を後にする。

 窓の外が暗いせいか、それとも気分が暗いせいか、身体が少し重たく感じられた。

 

 瀬那組を立ち上げて何人の女の子と別れたやろう。

 

――――いや、設立した当初はそんなに頻繁に別れることはなかった。

こうなったのは、そう、橘 洵一が入り始めたぐらいからだ。

 人には器というものがある。依頼の中にはイチ高校生じゃ手に負えないものも多数混ざってくる。

 だけどボケた洵一は、自分の器など考えず片っ端から依頼を受ける。

 当然、受けた数が増えた分だけ時間は無くなり、そのシワ寄せがどこかに現れる。

 それが社の場合は、恋愛に偏ったのだ。

 中には別れるのが勿体ないほど可愛い子もいた。――――それでも、

 

 まぁ、部下の失敗の尻拭いをするんが、上に立つ者の務めやからな。

 

 別に仲良しクラブをやっているわけではない。

 ただ自分が楽しいから一緒にいるだけで、依頼に関与するかは本人の自由意志だ。

だけど、それでも何かあるたびに、こうして大事な女の子との約束を棒に振って。

 どんなに可愛くて優しい女の子と付き合っても、社はやっぱりあのバカな友人たちを優先してしまう。

 そんな自分がもどかしくて、でも同時に少し誇らしくて、

 

「あの〜、瀬那 社先輩ですよね?」

 

 控えめな声に振り返ると、そこには三年では見かけて事のない少年が立っていた。

 

「なんでも依頼を聞いてくれるって」

 

 ホンマ、友達想いやで。

 

 

 

 

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