深い海の底から上がってくるような意識の浮上。

 水面というフィルターを透過した光を標に、日常へと向かって上昇していく。

 

 早く

 

 全身の筋肉を酷使して、ただ一点を。

 自然に身を任せるなんて悠長な考えはどこにも無い。

思考も、身体も、全てが水面(かべ)の向こうにある日常(せかい)へ辿り着くことしか考えていなかった。

 

 早く

 

 急ぐ意識とは裏腹に、身体が思うように動かない。包み込む海水が身体を縛って、浮上を妨げていた。

――――何故?

今、世界は内側にしか広がってないはずなのに、何故外的要因で動きを制限されるのかが皆目検討がつかない。

 

 早く

 

 が、今はそんな思考を展開する間すら惜しい。

 友人たちが待っている日常(せかい)へ戻らないと!

 たった一つの強い想いが身体を突き動かしていた。

 

 早く

 

 泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。

 手足が千切れんばかりに、もがく。

 後、ひと掻き、ひと掻きで青い空を見ることができるというのに、どうしても届かない。

 足を動かしても、掌で水を押し出しても―――あと一歩が遠い。

 

 どうして!?

 

 そこで……気付いた。

 自分の身体にしがみつく無数の死体。

 

 オマエダケヒカリヲミルノカ ワレワレヲヤミヘトホウムッタオマエガ

 

無念の声を上げ、なおも生を貪ろうとする自分を糾弾する怨念が、枷のように海底の奥深くまで続いていた。

 なんていうことはない。

 浮上を妨げていたのは、海水でも無数の死体でもない。

 意識を縛っていたのは、

――――自らが犯した(あやまち)

 

 不思議と悲哀も、嫉妬も、憎悪も無かった。

 そう考えれば納得も、そして諦めもついたからだ。

 自業自得。

 元々、陽光を目にできること自体が奇跡だったんだ。それ以上望んでは罰が当たる。

 でも、あまりにも楽しかったから、アイツ等といると眩しかったから、忘れていたのかもしれない。

 自分の本当の居場所は水面(かべ)の向こうにある陽の照らす場所じゃなく、闇が棲む地の底だということを。

 意識が沈む。――――いや、棲家へと還っていく。

 もがくつもりはない。

あの声で、あの暁の鶏声で、自分は目覚めたんだと気付いたのだから。

 ただ最後に、消えていく意識の片隅に、もう届くことの無い眩しい日々が過ぎって、

 

――――未練に片手を伸ばした。

 指先が水面(きょうかいせん)に触れようとする。

 やっぱり届かない。届くはずがない。

 奇跡は起こらないから奇跡なんだ。一度起きてしまった奇跡は卑近に成り下がる。

 陽光の下に立てたことが奇跡ならば、それはもう卑近に堕ちている。

 ゆえに、これが当然の帰結。

 運命だった。

 そして、終わりを告げるあの音が――。

 

 

 

 

 

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